企業がストレスチェックや労働環境改善、コロナウイルス感染対策などの施策を怠っていた場合、安全配慮義務違反となり、罰則が科される可能性があります。
今回は、実際の事例を交えながら、安全配慮義務違反について解説します。
目次
安全配慮義務違反とは
安全配慮義務とは労働者が安全に健康で働くために事業者が負う義務であり、労働契約法の第5条で定められています。
<労働者の安全への配慮>
第5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
出所:労働契約法
具体的には以下のような施策が安全配慮義務の一環とされています。
・健康診断やストレスチェック
・メンタルヘルス対策
・労働環境の改善
・相談窓口の設置
・コロナウイルス感染対策
など
こうした取り組みを怠たり労働者に損害が生じた場合、安全配慮義務違反となる可能性があります。
安全配慮義務違反の事例・実際のケース
実際に安全配慮義務違反に問われるかどうかの判断基準として、2つの観点があります。
・予見した損害を回避できたか(結果回避性)
予見可能性については、工場内での事故などが注目されがちですが、メンタルヘルスについても同じく適用されます。
たとえば、遅刻や早退が急に増えた労働者やストレスチェックで高ストレスが認められた労働者に対して、必要なケアをおこなわず、精神障害を発症した場合、安全配慮義務違反に問われる可能性が高いです。
では、実際に安全配慮義務違反となったいくつかの事例から、その判断基準について学んでいきましょう。
陸上自衛隊事件
陸上自衛隊の隊員が車両整備中に後退してきたトラックにひかれて死亡した事例です。
遺族は、公務員である自衛隊員の安全を管理する義務があるにもかかわらず、それを怠ったとして、国に対して損害賠償を求め、最高裁にて認められました。
労働者は使用者の業務命令に従い、業務に従事する義務があります。
これに付随して、使用者には労働者の安全を守る義務が当然あると認めたのが陸上自衛隊事件であり、安全配慮義務という概念が生まれるきっかけになった裁判です。
銀行員パワハラ事件
銀行の貯金申込課に勤務していた労働者が、2人の上司から執拗なパワハラを受け、自殺した事件です。
この裁判では、2人の上司によるパワハラについては、労働者のミスに対する指導であり、その指導方法については疑問が残るものの、理由なくおこなわれた「いじめ」や「誹謗中傷」にはあたらず、違法であるとは認められませんでした。
しかし、労働者は貯金申込課に赴任直後から異動を要求し続けていた点や、2年間で15キログラム痩せ明らかな体調不良だった点、「死にたい」と周囲に漏らしていた点から、自殺は十分に予見可能だったと裁判で認められたのです。
加えて、異動や休職など人間関係を含めた職場環境を改善することで、労働者の自殺は回避可能だったとして、安全配慮義務違反による賠償を認める判決が下されました。
コロナウイルスによる事件
2020年3月に、派遣会社にて雇用されていた労働者がコロナウイルス感染の懸念から在宅勤務を求めたところ、拒否されたうえに雇止めにあったとして、派遣元に損害賠償を求めた事件です。
裁判所は、2020年の3月はコロナウイルス流行の兆しが見えはじめている時期であり、多くの人が感染への恐怖を抱いていたことを認めたものの、未知のウイルスであり、通勤にどれほどのリスクがあるのかを判断するのは難しい状況だったとして、予見可能性を否定しました。
また、派遣元は労働者の意見に理解を示し、タクシー代を支給。派遣先も勤務時間の変更や在宅勤務を1週間程度認めるなど、十分な配慮をおこなっていたとして、安全配慮義務違反にはあたらないと判断されました。
しかし、現在ではコロナウイルスについて明らかになってきている部分もあり、十分な対応をとらなければ安全配慮義務違反になってしまう可能性があります。
安全配慮義務違反をしてしまったときの罰則
安全配慮義務違反の罰則については、労働契約法内では規定されていません。
しかし、安全配慮義務違反によって多額の損害賠償金を求められるケースがあります。民法415条の債務不履行や709条の不法行為責任、715条の使用者責任が損害賠償の根拠です。
<債務不履行による損害賠償>
第415条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。<不法行為による損害賠償>
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。<使用者等の責任>
第715条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
出所:民法
さらに、安全配慮義務違反による訴訟は、企業のイメージを失墜させ、業績悪化や新入社員の減少につながるでしょう。
安全配慮義務違反で見落としやすい注意点
企業内で起こりうる危険については企業側がすべて把握しなくてはいけません。
安全配慮義務を順守するための取り組みのなかで、見落としがちな注意点をご紹介します。
従業員同士のいじめやパワハラ
事業者がパワハラをおこなっていなくても、従業員同士でいじめやパワハラが起こっており、それを黙認し、なんの対策も講じていなければ安全配慮義務違反となるでしょう。
悪質ないじめやハラスメントは表面化しにくく、気がついた時には手遅れになっているパターンも多いのです。
コロナ対策が不十分なことによる職場クラスター
企業が、「一般生活における感染リスクを超える業務」に労働者を従事させる場合は、感染リスクをおさえるための取り組みが必要になります。
一般生活における感染リスクを超える業務のなかには、接客業のほかにも、「長時間の屋内でのデスクワークも含まれる」という考えが一般的であり、換気やマスクの着用を徹底するなどの対策が必須です。
もし、コロナ対策が不十分な職場でクラスターが発生した場合は、安全配慮義務違反となり、賠償責任が発生する可能性があります。
管理監督者の長時間労働
事業者が安全を配慮しなくてはいけない対象には管理監督者も含まれます。
管理監督者は一般社員に適用される、時間外労働や休日労働の規定はありません。だからといって、安全配慮義務まで免れるわけではなく、メンタルヘルス不調に陥った際には、安全配慮義務違反に問われる場合があるため注意が必要です。
現在の風潮として、一般社員の時間外労働に敏感になる一方で、管理監督者の労働時間管理はおろそかになりがちです。
管理監督者は一般社員と比べて責任が重く、ストレスを抱える人も多いため、ストレスチェックや産業医面談などのサポートが重要になってきます。
安全配慮義務違反にならないためには
安円配慮義務を順守するための具体的な取り組みについてみていきます。
ストレスチェック制度の導入
ストレスチェックとは、労働者のメンタルヘルスにおける損害を予見する取り組みです。また、高ストレス者を発見し、産業医による面談などをおこなうことで、損害の回避にもつながります。
労働安全衛生法によって労働者が50人以上の事業場ではストレスチェックが義務化されています。しかし、安全配慮義務の観点から考えると、企業規模にかかわらず、必ず実施すべき取り組みと言えるでしょう。
安全衛生管理体制を整備する
労働者と事業者が一体となって安全衛生管理を進めていくために、安全衛生管理体制を整備しましょう。
具体的には、安全衛生管理者や安全衛生推進者を選任し、安全衛生委員会を設置します。安全衛生委員会は労働者と事業者がお互いの立場から、職場環境などについて意見交換する場であり、損害の予見につながります。
産業医との連携
産業医の選任はメンタルヘルス対策の基本です。
ストレスチェックによって高ストレスが認められた労働者や長時間労働者に対して面談をおこない、保健指導をおこないます。また、産業医は医学的な知識と労働者を管理するための知識を持っており、企業の産業保健体制を構築する際も大きく役立つでしょう。
相談窓口の設置
相談窓口を設置する際に気をつけなければいけないのが、外部相談窓口の設置です。
職場の人間関係、特に上司との関係に問題のある労働者の場合、相談する場所がなくて悩みを抱えたままになりがちです。また、「相談すると周りにバレて、居づらくなるかもしれない」と考える労働者も多く、外部スタッフによる相談窓口を用意し、気軽に相談できる環境を整えることが重要です。
まとめ
今回は、安全配慮義務違反についてわかりやすく解説しました。
ストレスチェックや産業医の選任、衛生委員会の設置は安全配慮義務として取り組みという側面だけでなく、健康経営を考えるうえでも非常に重要です。
ドクタートラストでは、産業医の選任に加えて、安全衛生体制構築のお手伝いやストレスチェック実施などのサポートをおこなっています。
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